
川のせせらぎが聞こえた。
森を抜けると、開けた川原が広がっていた。 少年は水音に引かれて歩き、冷たい水で顔を洗った。汚れと疲れが流れ落ち、久しぶりに人間らしい感覚が戻ってくる。喉を潤すと、体中の細胞が水を求めていたことに気づく。
でも、立ち上がることができなかった。
これまで歩き続けてきた。道具を手に入れ、道を見つけ、食べ物も得た。必要なものは揃っている。 それでも、この先に何があるのか分からない。どこまで歩けばいいのか。何のために歩いているのか。ゴールの見えない旅に、意味はあるのだろうか。
膝を抱えて座り込む。川の流れを見つめていると、自分もまた流されているだけの存在に思えてきた。
足元の石の間に、小さな人形が挟まっていることに気づいた。 両手を胸に当て、祈るような姿勢をしている。水に濡れ、苔が生えていたが、その表情は穏やかだった。
「……ぼくの名前を呼んで」
澄んだ声が響く。諦めを知らない、若い声。
「Hope」
やわらかな光が広がり、少年と同じくらいの男の子が現れた。 明るい茶色の髪、穏やかだが芯の強そうな目。川の流れをしばらく見つめてから、少年の隣に腰を下ろした。
「疲れたんだね」
責めるでもなく、ただ事実を確認するように。
少年は頷いた。
「I hope you’re okay.」(大丈夫だといいな)
Hopeは小石を拾い、川に投げた。波紋が広がり、やがて消えていく。でも、川の流れは変わらない。
「石は沈んでも、波紋は広がる」
詩的な言葉だった。Hopeはまた石を投げる。今度は少し遠くまで飛んだ。
「明日は、今日とは違う。Always hope for tomorrow.」(いつも明日に希望を)
「希望って、見えないけどある。雲の向こうの太陽みたいに。雨の日も、太陽は消えてない」
少年も石を拾った。力なく投げると、すぐ近くに落ちた。小さな水音と、小さな波紋。
「Never—」Hopeは首を横に振った。「—lose hope.」(希望を失わないで)
その『決して失わない』という強さが、少年の胸に響いた。
「遠くまで飛ばなくてもいい。投げることが大事。試すことが、希望なんだ」
二人でしばらく石を投げ続けた。 最初は近くに落ちていた少年の石も、だんだん遠くへ飛ぶようになった。コツを掴み始めた。いや、希望を掴み始めた。
「See? There’s always hope.」(ほら、いつだって希望はある)
Hopeは立ち上がり、川の向こうを指さした。遠くに山の稜線が見える。
「あの山の向こうに、きっと何かがある。Hope leads the way.」(希望が道を示す)
消える前に、彼は振り返った。
「君は一人じゃない。呼んだ声に応えてくれる仲間がいる。それが一番の希望」
その言葉は、水音に混じっていつまでも胸に残った。
少年は深呼吸をして立ち上がった。 足はまだ重いが、心は軽くなっていた。山は高いが、越えられないわけじゃない。
希望を持って、一歩を踏み出す。