
川辺は、絵に描いたような穏やかさだった。
湖から続く川沿いを下って二日目、広い川原に出た。 少年は無意識に足を止めた。これまでずっと歩き続けてきた足が、ここで休みたいと訴えているようだった。
陽光がきらきらと水面で踊り、川風が頬を撫でる。対岸には柳の木が枝を垂らし、その陰が涼しそうに揺れていた。
川原の大きな石の上に、人形が横たわっていた。 まるで昼寝をしているような、安らかな姿勢で。陽に焼けた顔は、満足そうな表情を浮かべている。
「……あたしの名前を呼んで」
のんびりとした声が響く。急ぐ気配は微塵もない。
「Rest」
大きく伸びをしながら、女性が起き上がった。 日に焼けた健康的な肌、くせ毛を後ろでまとめている。立ち上がると思いきや、また石の上に座り直した。
「ああ、よく寝た。百年ぶりかな」
冗談とも本気ともつかない口調で、彼女は少年を見上げた。
「君、疲れてるね。顔に出てる。肩も凝ってるでしょ」
図星だった。有無を言わせず、川へ連れて行かれた。
「さ、顔を洗って。それから、足も」
冷たい水が、疲れを洗い流してくれる。足を水に浸けると、歩き続けた熱が抜けていく。
気づけばRestは焚き火を起こしていた。手慣れた様子で枝を組み、火を安定させる。でも、急いでいる風ではない。むしろ、火を起こすこと自体を楽しんでいるようだった。
「今日は何もしない日」
彼女は宣言するように言った。
「えっ?」と少年が聞き返すと、Restはにっこり笑った。
「何もしないことも、大事なんだから。走り続けた馬は倒れる。でも、休んだ馬は、もっと遠くまで行ける」
その晩、焚き火を囲んで、Restは川の話をしてくれた。
「川はね、急ぐところと、ゆっくり流れるところがある。全部が急流だったら、海にたどり着く前に枯れちゃう」
翌日、Restは釣竿を作ってくれた。 竹を削り、糸を結び、針を付ける。その手つきは慣れていたが、決して急がない。
二人並んで釣り糸を垂れる。
最初の一時間、何も釣れなかった。 少年が焦り始めると、Restは笑った。
「焦ることないよ。魚だって、お昼寝の時間かもしれない」
「待つのも、楽しみのうち。雲を見て、風を感じて、ただそこにいる。それだけでいいんだ」
やがて竿が引いた。少年が慌てて引き上げると、銀色の魚が跳ねた。思ったより大きい。
「See? Good things come to those who rest.」(休む者には良いことが来る)
焼いた魚は、今まで食べたどんなものより美味しかった。 ゆっくり食べて、ゆっくり味わって。急ぐ必要がないという贅沢。
三日目の朝、少年が出発の準備を始めると、Restは止めなかった。
「もう行くんだね」
寂しそうでもなく、ただ事実を確認するように。
別れ際、Restは伸びをしながら言った。
「休むことは、止まることじゃない。次に進むための準備。充電、って言うのかな」
彼女は川原の石に寝転がった。
「また疲れたら、おいで。ここにいるから。急がないから」
川のせせらぎを背に、少年は歩き始めた。 体が軽い。心も軽い。 三日間の休息が、新しい力になっていた。
振り返ると、Restはもう目を閉じていた。 陽だまりの中で、幸せそうに眠っている。
休むことの大切さを、身体で理解しながら、少年は先へ進んだ。