エピローグ① ―Blank 無限の可能性

朝の海は穏やかだった。

大きな船の甲板に立つ青年——かつての少年は、潮風を深く吸い込んだ。 筏で旅立ってから、どれほどの時が流れたのだろう。顔には精悍さが宿り、瞳には確かな光がある。

海図に新しい島の位置を書き込みながら、仲間たちの声が聞こえてくる。

「おーい!朝ごはんできたよ!」

Canが大鍋を抱えて甲板に上がってきた。 温かいスープの湯気が、朝の空気に白く立ち上る。

I can make more if you want.」(もっと作れるよ)

彼女は相変わらず、みんなの胃袋と心を満たしてくれている。

舵輪を握るGetが振り返る。

Next island, we’ll get there by noon.」(次の島、昼には着く)

彼の操舵は正確で、どんな嵐の中でも進路を保ってきた。

Haveは甲板の隅で、物資の確認をしていた。

We have enough for two weeks.」(二週間分はある)

几帳面に帳簿をつける姿は、すっかり船の要だ。最初に「持つ」ことを教えてくれた彼が、今はみんなの持ち物を管理している。

Just do it!」(とにかくやろう!)

Doが飛び跳ねながら、みんなを誘う。 その元気は変わらない。船の活力源として、いつも最初に動き始める。

船首には、Dreamが立っている。 水平線を見つめ、次の冒険を夢見ているのだろう。

I can see clouds shaped like a castle.」(お城みたいな雲が見える)

相変わらず空想の世界を楽しんでいる。でも、その夢が現実になることを、みんな知っていた。

そして、その隣にはHopeがいた。

Good morning. Hope you slept well.」(おはよう。よく眠れたかな)

船長として、静かに全体を見守っている。希望を失わない彼の存在が、この船を一つにまとめていた。

青年は微笑んだ。 みんな、あの人形だった存在たち。 今は確かな仲間として、ここにいる。生きている。

   *

その日の夕方、見慣れた港町が見えてきた。

「あそこ、覚えてる?」

Dreamが指さす先に、小さな建物があった。 花が咲き乱れる、可愛らしい小屋。

かつて倉庫だった場所だ。 朽ちかけていた建物は、今は温かな家になっている。

船を降り、仲間たちと共に小屋へ向かう。 扉の前に立つと、不思議な懐かしさが込み上げてきた。すべてはここから始まった。

「久しぶり」

振り返ると、そこにNameがいた。

金色の髪は長く伸び、優雅に結い上げられている。少女だった面影を残しながらも、凛とした女性に成長していた。淡いブルーのドレスも、より洗練されたものになっている。でも、あの優しい微笑みは変わらない。

「おかえりなさい」

仲間たちが口々に挨拶する。 みんな、Nameのことを聞いていた。最初の出会い、すべての始まりの人。

Hopeが一歩前に出た。

「一緒に来ない?」

Nameは嬉しそうに頷いた。

「みんなと一緒なら」

Dreamが手を取って笑う。

Let’s dream bigger together!」(もっと大きな夢を一緒に!)

港へ向かって歩きながら、Nameが青年の隣に並んだ。 夕日が二人の影を長く伸ばしている。

「あなた、名前はあるの?」

青年は立ち止まり、首を横に振った。 今まで、誰もそのことを聞かなかった。仲間たちは、名前がなくても受け入れてくれた。

Nameは優しく微笑んで、彼の手を取った。

「じゃあ、呼んでもいい?」

青年の心臓が跳ね上がった。 呼ぶ——名前を呼ぶ。 自分が今まで人形たちにしてきたことを、今度は自分が受ける番なのか。

胸が締め付けられるように高鳴る。 息を詰めて、Nameの唇を見つめた。 初めて名前を持つ瞬間が、今、訪れようとしている。

時間が止まったように感じた。 潮風も、波の音も、仲間たちの声も、すべてが遠くへ消えていく。

青年は、胸ポケットから押し花になった小さな花を取り出した。 あの朝、Nameが残してくれた花。ずっと大切にしていた。

Nameは花を見て、目を潤ませた。

「覚えていてくれたのね」

それから、一度息を吸い、はっきりと告げた。

「あなたの名前は……Blank」

その瞬間、何かが胸の奥で生まれた。 空白だった場所に、確かな存在が宿った。

今まで透明だった自分の輪郭が、初めてくっきりと浮かび上がる。 霧の中を彷徨っていた影が、ようやく形を持った——そんな感覚だった。

「Blank」

Nameがもう一度呼ぶ。 今度は、仲間たちも声を合わせた。

「Blank!」

呼ばれるたび、足裏に大地の感触が戻る。 ここにいる——Blankとして。

初めて自分の存在が輪郭を持った。 霧が晴れて、世界がはっきりと見える。

名前を持つということ。 呼ばれるということ。 それがどれほど大切なことか、Blankは今、心から理解した。

船に向かって、みんなで歩く。 新しい冒険が待っている。

でも今度は、名前のない少年ではない。 Blankとして、仲間と共に、夢を追いかけていく。

倉庫から始まった旅は、ここからまた新しい章を開く。 名前を呼び、呼ばれる。 その繋がりが、世界を広げていく。

(完)

   *

名前は、始まりだった。

目次