倉庫の朝は静かだった。
昨夜の出来事が夢のようで、でも胸ポケットには確かに花がある。朝露がまだ花弁に残り、触れるとひんやりとした。その冷たさが、すべてが現実だったことを教えてくれる。
Nameが指さした方向には、確かに道が続いていた。木々の間を縫うように、獣道が伸びている。でも、何も持たずに歩き出すことはできない。
少年は倉庫を見回した。埃っぽい棚、朽ちかけた木箱、蜘蛛の巣が張った隅。使えそうなものを探して、箱を開けては閉じる。錆びた釘、千切れた紐、欠けた陶器の破片——使い物にならないものばかりだ。
奥の棚に手を伸ばすと、小さな人形が転がり落ちてきた。 両手で何かを大事そうに抱える仕草のまま、床に横たわっている。人形の服は色褪せ、顔も埃で曇っていたが、その姿勢には妙な意志を感じた。
拾い上げた瞬間、声が響いた。
「……ぼくの名前を呼んで」
少年は息を整えた。Nameの時と同じだ。この人形も、呼ばれるのを待っている。
「Have」
光がはじけ、少年と同じくらいの女の子が現れた。 茶色の髪をくしゃくしゃにして、目をぱちぱちさせる。手には、人形の時に抱えていた小さな袋を持っていた。
「わぁ! 呼んでくれた! ぼくはHave!」
彼はきょろきょろと辺りを見回し、少年の姿を上から下まで眺めた。足は裸足同然、服は擦り切れ、手には何も持っていない。
「君、何も持ってないね。それじゃダメだよ」
Haveの声は心配そうだった。急に真剣な顔になって、倉庫の中を歩き回り始める。
「これは……ダメだな。これも壊れてる。あ、でもこれは使える!」
埃まみれの棚の奥から、古い地図を引っ張り出した。四隅は千切れ、真ん中に大きな染みがあったが、道筋は読み取れる。
「You have to have this.」(これを持たなきゃ)
少年の手に押し付ける。地図を持った瞬間、不思議と世界が少し整理されたような気がした。
「それから、これも、これも!」
Haveは収集家のように倉庫を駆け回る。水筒、小さなナイフ、火打ち石。見つけるたびに嬉しそうに少年の前に並べていく。水筒には小さな凹みがあり、ナイフの柄は欠けていたが、どれも使えそうだった。
「あ、これも大事! とても大事!」
革の袋を掲げて見せた。縫い目はほつれかけていたが、まだしっかりしている。
「全部入れて持ち運べるよ。Now you have everything!」(もう全部持ってる!)
道具を袋に詰める間、Haveは楽しそうに話し続けた。
「持つってことはね、準備ができたってこと。何もないところからは、何も始まらない。でも、ひとつでも持てば、そこから全部が始まるんだ」
少年が革袋を肩にかけると、確かに重みを感じた。 この重さが、旅の始まりの証だった。昨日まで何も持たなかった自分が、今は道具を持っている。それだけで、心が少し強くなった気がした。
「じゃあ、がんばって! 必要なものは、もう君が持ってる!」
Haveは満足そうに手を振りながら、光と共に消えていった。
少年は倉庫の扉を押し開けた。 革袋の重みを感じながら、朝露に濡れた草を踏みしめ、一歩を踏み出す。
森への道が、目の前に続いていた。
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