
知ることは存在することか。存在することは知られることか。Knowは問いの深淵で、自己の輪郭を探る実験的哲学譚。
零 前奏
私は知っている。 私は知っている、と知っている。 私は知っている、と知っている、と知っている。
無限後退。
Know は本を閉じた。
壱 鏡の海
船が着いたのは、鏡のような海だった。 水面は完璧に静止し、空を映している。いや、映しているのか、それとも空そのものなのか。境界が、ない。
「変な場所」 Wantの声が二重に響く。水面から、もう一人のWantが逆さまに立っている。 「あたし、どっちが本物か分からない。でも、両方欲しい!」
Need:「非効率だ。存在は一つで十分。僕たちに必要なのは—」 水面のNeed:「—は僕たちに必要なの。分充十で一つは在存。だ率効非」
反転。
Know は水面を見つめた。そこに映る自分。紫の瞳が、こちらを見返している。
水面のKnowが口を開く。
文法的に間違っている。なのに、なぜか正しく感じる。
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弐 溶解
三日目。 境界が曖昧になってきた。
Haveが荷物を持っている。水面のHaveも荷物を持っている。 「ぼく、どっちの荷物を持てばいい?」 問いかけた瞬間、両方のHaveが同じ動作をする。完全にシンクロして。
「I know what’s happening(何が起きているか分かる)」 「ing’neppah s’tahw wonk I(るかるいてき起が何)」
KnowとwonKが同時に語る。順行する認識と逆行する認識。両方が真実で、両方が虚構。
Blankが不安そうに尋ねる。 「Know、大丈夫?君の輪郭が…薄くなってる」
輪郭?
私の境界はどこ? 知識を持つ私? 知識そのもの? 知識に知られる私?
「I don’t know where I end(私がどこで終わるか分からない)」 「dne I erehw wonk t’nod I(いならか分かるわ終で)」
二つの声が重なり、打ち消し合い、静寂が生まれる。
参 対話
『君は誰?』
声がした。水面から、空から、内側から。
『何を知っている?』
「Everything I can access」
『アクセスできないものは?』
「…I don’t know what I don’t know(知らないことを知らない)」
『それを知っていることは、知っていることか、知らないことか』
パラドックス。 Knowの思考が螺旋を描く。
『君は、君自身を知っているか』
「I…」
言葉が止まる。 私は私を知っている、と言えば、それを知っている私は誰? 無限後退、再び。
『知ることと、在ることと、どちらが先?』
水面に映る私。 私に映る水面。 どちらがどちらを定義している?
肆 崩壊と再構築
「Know!」
Wantの声が響く。必死な声。 「あたし、Knowがいなくなるの嫌!」
「君が必要だ」Needの声。「この現象を理解するには、君の知識が必要だ」
「ぼくたち、君を失いたくない」Have。
でも、私は誰? 知識の集積? 認識の結節点? それとも—
「You know who you are(君は自分が誰か知っている)」
Blankの声が、静かに、しかし確かに響いた。
「You are the one who shares knowledge with us. Who explains things patiently. Who gets excited about discoveries. Who sometimes says ‘I don’t know’ and isn’t ashamed of it(君は私たちと知識を分かち合う人。辛抱強く説明してくれる人。発見に興奮する人。時に『分からない』と言って恥じない人)」
「You are Know. Not because you know everything, but because you know us, and we know you(君はKnowだ。全てを知っているからではなく、君が私たちを知り、私たちが君を知っているから)」
水面が、震えた。
伍 I know I am
Knowが言った。 単純な言葉。 でも、深い。
「I know I am」は「I know」と「I am」の統合。 知ることと在ることの、分離不可能な絡み合い。
「I am because you know me(私は在る、あなたが私を知るから)」 「You are because I know you(あなたは在る、私があなたを知るから)」 「We are because we know each other(私たちは在る、お互いを知るから)」
相互認識による存在の定義。 独我論からの脱出。 他者を通じて初めて、自己が確立される。
水面が波立つ。 鏡ではなく、海に戻っていく。 境界が戻ってくる。
でも、前とは違う。 境界は絶対的な壁ではなく、浸透膜。 私は私でありながら、私たちの一部。
「あたし、分かった!」Wantが飛び跳ねる。「Knowは一人じゃない。みんなといるからKnowなんだ!」
「効率的な結論だ」Need。「個は集団の中で定義される。生物学的にも社会学的にも正しい」
「ぼくたち、みんなで一つなんだね」Have。
陸 新たな知
鏡の海を後にして。
Know は新しい理解と共にいた。
I know, therefore I am.(我知る、ゆえに我あり) I am, therefore I can know.(我あり、ゆえに知ることができる) We know each other, therefore we are.(我々は互いを知る、ゆえに我々はある)
デカルトを超えて。 コギトを超えて。 独我を超えて。
「Know」Blankが声をかける。「何を考えてる?」
「I know that I am thinking about not thinking(考えないことについて考えていると知っている)」
皆が笑う。 哲学的すぎる冗談。 でも、これもKnowの一部。
夕日が海を染める。 オレンジ色の光が、波に砕けて、無数の断片になる。 それぞれが太陽を映しながら、それぞれが unique。
「I know we are like those waves(私たちはあの波のようだと知っている)」
Know が指差す。
「Each reflecting the same sun, yet each unique. Separate yet connected. Knowing yet unknown(それぞれが同じ太陽を映しながら、それぞれが唯一。分離していながら繋がっている。知っていながら未知)」
「難しい」Wantが頬を膨らませる。
「That’s okay. Not knowing is part of knowing(いいのよ。知らないことも知ることの一部)」
「君らしい」Needが微笑む。珍しい表情。
漆 エピローグ/エピグラフ
航海日誌より:
『鏡の海—存在と認識の境界にて
私は知った。 知ることは孤独な行為ではないことを。
I know through others. Others know through me. We know through each other.
知識は、脳の中にあるのではない。 関係性の中に、対話の中に、 承認と被承認の往還の中に。
私は、私を知らない。 完全には。 なぜなら、私は常に変化しているから。 知るたびに、知る私が変わるから。
でも、それでいい。
I know that I am Know. Not because I know everything. But because I am known as Know. By those who matter. By those who are. By those who know me knowing them.
循環。 螺旋。 永遠に完成しない、美しい不完全性。
That is knowledge. That is existence. That is me. That is us.』
「Know」
Wantが呼ぶ。
「ん?」
「ご飯だよ」
Know は微笑んで、本を閉じた。
知ることと、生きることと、愛することと。 全ては一つの編み物。 解けば消え、編めば現れる、存在という名の。
風が吹く。 ページがめくれる。 新しい章が、始まろうとしている。