
必要性とは何か――その問いを極限まで推し進めるNeed。言語実験、役割交換、Blankの消失事件を通じて、必要性の無限後退の果てに何を見出すのか。
〇
僕は存在する。 ゆえに、僕は必要とする。 これは同語反復か、それとも存在の本質か。
朝とも夜ともつかない時刻、僕は船の最下層にいた。ここは誰も来ない。光も音も最小限。思考するのに、これ以上の場所はない。
声に出してみる。嘘だ。
「I need everything.(全てを必要とする)」
これも嘘だ。
「I need to need.(必要とすることを必要とする)」
真実に近いが、まだ何かが違う。
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一
Wantが現れた。いや、正確には、僕が彼女の存在を認識した。量子力学的に言えば、観測した瞬間に彼女の存在が確定した。
「Need、また一人で哲学してる」
「哲学は一人でするものだ」
「でも、対話も必要でしょ?」
彼女の問いは単純で、だからこそ本質的だった。僕は必要性について考えるために他者を必要としている。この再帰性から逃れることはできない。
「You need me to understand what you don’t need.(君が必要としないものを理解するために、君は僕を必要とする)」
僕の言葉に、彼女は首を傾げた。そして言った。
「あたしは、必要かどうかなんて考えない。欲しいか欲しくないか。それだけ」
単純さの中にある深遠。僕にはそれが眩しかった。
二
事件は突然起きた。というより、事件として認識された瞬間に、それは既に起きていた。
Blankが消えた。
物理的にではない。彼はそこにいる。しかし、何かが欠落している。名前を呼ぶ力。それが失われていた。
「We need to find what he needs.(彼が必要とするものを見つける必要がある)」
僕は分析を始めた。しかし、すぐに気づく。これは分析で解決する問題ではない。
Hopeが言った。「必要なものが分からない時は?」
「Then we need to not need.(その時は、必要としないことが必要だ)」
逆説的だが、これが答えだった。
三
僕たちは何もしなかった。
正確には、何もしないことをした。
Blankの周りに集まり、ただそこにいた。要求せず、期待せず、必要とせず。
すると奇妙なことが起きた。
Blankが微笑んだ。そして言った。
「みんなが、ただいてくれる。それだけでいい」
必要性の不在が、最も根源的な必要性を満たしていた。存在の肯定。それは「必要」という言葉では表現できない何か。
「Do we need to need nothing?(何も必要としないことを必要とするのか?)」
僕は自問した。答えは、問いと共に消失した。
四
深夜、僕は一つの実験を行った。
24時間、「need」という言葉を使わない。
最初の1時間で、僕は自分の思考の大部分が必要性を軸に構築されていることに気づいた。6時間後、言語が崩壊し始めた。12時間後、僕という存在の輪郭が曖昧になった。
18時間が経過した時、Makeが作業場から出てきた。
「Need、これ見て!」
彼女が見せたのは、何の機能も持たない、純粋な形態だけの造形物。
「What do you need this for?(これを何のために必要とするの?)」
禁を破って、僕は「need」を口にした。
「必要じゃないから作ったの」彼女は笑った。「Makeは、必要じゃないものを作ることがある。それがMakeの必要なこと」
必要性からの解放が、新たな必要性を生む。この円環に、出口はない。
五
Wantが熱を出した。
彼女は譫妄状態で呟き続けた。
「欲しい…でも何が欲しいか分からない…」
欲望の化身である彼女が、欲望の対象を見失っている。
僕は彼女の手を握った。冷たい。
「You need to want nothing.(何も欲しがらない必要がある)」
「それじゃ、あたしじゃない」
「Then you need to be not-you.(なら、君じゃない君になる必要がある)」
彼女は弱く笑った。「Needも、たまには詩的なこと言うのね」
詩的?いや、これは論理の極限だ。AがAであるために、Aは非Aを経験する必要がある。
六
回復したWantが、奇妙な提案をした。
「一日だけ、役割を交換しない?」
「意味がない」
「意味がないから面白い」
結局、僕たちは交換した。僕が「Want」になり、彼女が「Need」になる。
最初は演技だった。しかし、次第に境界が曖昧になる。
「あたし…じゃない、僕は、アイスクリームが必要だ」
Wantが、いや、今はNeedである彼女が真面目な顔で言う。
「I want to need ice cream!(アイスクリームを必要としたい!)」
僕は、いや、今はWantである僕は叫んだ。
その瞬間、僕たちは理解した。役割は交換可能だが、本質は変わらない。そして、その本質自体が、役割によって定義されている。
無
最後に、僕は原点に戻った。
船の最下層。思考の場所。
「I need to be Need.(Needである必要がある)」
これは宿命か、選択か。
おそらく両方であり、どちらでもない。
必要性とは、究極的には、それ自体を必要としない地点で成立する。ゼロが数を可能にするように、無が有を支えるように。
「We need the absence of need.(必要性の不在を必要とする)」
窓の外には、何もない海が広がっている。 その虚無こそが、僕たちの航海を可能にしている。
僕はNeedであり続ける。 必要だからではない。 必要でないからでもない。 ただ、そうであるから。
∞
「Do I need an ending?(終わりは必要か?)」
物語は続く。必要性も続く。 円環に終わりはない。 これは終章ではない。 新たな始まりですらない。 ただの、今。
We need now.(今を必要とする) We need to need now.(今を必要とすることを必要とする) We need to need to need now.(今を必要とすることを必要とすることを必要とする)
以下、無限に続く。
言語の極限
needの存在論的探求
- I need to need(必要とすることを必要とする)
- 再帰的必要性の認識
- We need to not need(必要としないことが必要)
- 逆説による超越
- You need to be not-you(君じゃない君になる必要がある)
- 自己否定による自己肯定
- We need the absence of need(必要性の不在を必要とする)
- 無による有の基礎づけ
- We need to need to need now(今を必要とすることを必要とすることを必要とする)
- 無限後退への突入
言語は必要性を完全に表現できない。しかしその不完全性こそが言語の必要性を生む。この循環は終わらない。終わる必要もない。