エピローグ① ―Blank 無限の可能性

朝の海は穏やかだった。

大きな船の甲板に立つ青年——かつての少年は、潮風を深く吸い込んだ。 筏で旅立ってから、どれほどの時が流れたのだろう。顔には精悍さが宿り、瞳には確かな光がある。

海図に新しい島の位置を書き込みながら、仲間たちの声が聞こえてくる。

「おーい!朝ごはんできたよ!」

Canが大鍋を抱えて甲板に上がってきた。 温かいスープの湯気が、朝の空気に白く立ち上る。

「I can make more if you want.」(もっと作れるよ)

彼女は相変わらず、みんなの胃袋と心を満たしてくれている。

舵輪を握るGetが振り返る。

「Next island, we’ll get there by noon.」(次の島、昼には着く)

彼の操舵は正確で、どんな嵐の中でも進路を保ってきた。

Haveは甲板の隅で、物資の確認をしていた。

「We have enough for two weeks.」(二週間分はある)

几帳面に帳簿をつける姿は、すっかり船の要だ。最初に「持つ」ことを教えてくれた彼が、今はみんなの持ち物を管理している。

「Just do it!」(とにかくやろう!)

Doが飛び跳ねながら、みんなを誘う。 その元気は変わらない。船の活力源として、いつも最初に動き始める。

船首には、Dreamが立っている。 水平線を見つめ、次の冒険を夢見ているのだろう。

「I can see clouds shaped like a castle.」(お城みたいな雲が見える)

相変わらず空想の世界を楽しんでいる。でも、その夢が現実になることを、みんな知っていた。

そして、その隣にはHopeがいた。

「Good morning. Hope you slept well.」(おはよう。よく眠れたかな)

船長として、静かに全体を見守っている。希望を失わない彼の存在が、この船を一つにまとめていた。

青年は微笑んだ。 みんな、あの人形だった存在たち。 今は確かな仲間として、ここにいる。生きている。

   *

その日の夕方、見慣れた港町が見えてきた。

「あそこ、覚えてる?」

Dreamが指さす先に、小さな建物があった。 花が咲き乱れる、可愛らしい小屋。

かつて倉庫だった場所だ。 朽ちかけていた建物は、今は温かな家になっている。

船を降り、仲間たちと共に小屋へ向かう。 扉の前に立つと、不思議な懐かしさが込み上げてきた。すべてはここから始まった。

「久しぶり」

振り返ると、そこにNameがいた。

金色の髪は長く伸び、優雅に結い上げられている。少女だった面影を残しながらも、凛とした女性に成長していた。淡いブルーのドレスも、より洗練されたものになっている。でも、あの優しい微笑みは変わらない。

「おかえりなさい」

仲間たちが口々に挨拶する。 みんな、Nameのことを聞いていた。最初の出会い、すべての始まりの人。

Hopeが一歩前に出た。

「一緒に来ない?」

Nameは嬉しそうに頷いた。

「みんなと一緒なら」

Dreamが手を取って笑う。

「Let’s dream bigger together!」(もっと大きな夢を一緒に!)

港へ向かって歩きながら、Nameが青年の隣に並んだ。 夕日が二人の影を長く伸ばしている。

「あなた、名前はあるの?」

青年は立ち止まり、首を横に振った。 今まで、誰もそのことを聞かなかった。仲間たちは、名前がなくても受け入れてくれた。

Nameは優しく微笑んで、彼の手を取った。

「じゃあ、呼んでもいい?」

青年の心臓が跳ね上がった。 呼ぶ——名前を呼ぶ。 自分が今まで人形たちにしてきたことを、今度は自分が受ける番なのか。

胸が締め付けられるように高鳴る。 息を詰めて、Nameの唇を見つめた。 初めて名前を持つ瞬間が、今、訪れようとしている。

時間が止まったように感じた。 潮風も、波の音も、仲間たちの声も、すべてが遠くへ消えていく。

青年は、胸ポケットから押し花になった小さな花を取り出した。 あの朝、Nameが残してくれた花。ずっと大切にしていた。

Nameは花を見て、目を潤ませた。

「覚えていてくれたのね」

それから、一度息を吸い、はっきりと告げた。

「あなたの名前は……Blank」

その瞬間、何かが胸の奥で生まれた。 空白だった場所に、確かな存在が宿った。

今まで透明だった自分の輪郭が、初めてくっきりと浮かび上がる。 霧の中を彷徨っていた影が、ようやく形を持った——そんな感覚だった。

「Blank」

Nameがもう一度呼ぶ。 今度は、仲間たちも声を合わせた。

「Blank!」

呼ばれるたび、足裏に大地の感触が戻る。 ここにいる——Blankとして。

初めて自分の存在が輪郭を持った。 霧が晴れて、世界がはっきりと見える。

名前を持つということ。 呼ばれるということ。 それがどれほど大切なことか、Blankは今、心から理解した。

船に向かって、みんなで歩く。 新しい冒険が待っている。

でも今度は、名前のない少年ではない。 Blankとして、仲間と共に、夢を追いかけていく。

倉庫から始まった旅は、ここからまた新しい章を開く。 名前を呼び、呼ばれる。 その繋がりが、世界を広げていく。

(完)

   *

名前は、始まりだった。

最終章 Dream ―夢を共に

波打ち際に座り込んで、どれくらい経っただろう。

海は答えない。 ただ、波だけが確かだ。寄せて、返して、また寄せる。その繰り返しに、時間の感覚が薄れていく。

これまでの旅は、ここで終わりなのか。 仲間たちと出会い、学び、成長して。名前はまだないけれど、多くのものを手に入れた。 でも、その先は——

海の向こうには何があるのだろう。 もしかしたら、何もないのかもしれない。

砂浜に、小さな人形が埋もれていた。 片手を高く掲げ、遠くを指さすような姿で。潮に洗われ、砂に半分埋まっていたが、その手は確かに水平線を指していた。

「……わたしの名前を呼んで」

凛とした声が潮風に乗ってきた。諦めを知らない、夢見る声。

「Dream」

光が海面に反射し、まぶしいほどに輝いた。 波しぶきがプリズムのように七色に光り、その中から少女が現れた。

少年と同じくらいの年頃。青い瞳が海の色を映し、髪が潮風になびく。

彼女はすぐに空を見上げ、流れる雲を指さした。

「あの雲、船に見えない? 帆を張って、風を受けて進んでる」

少年が戸惑っていると、彼女はくるりと回って笑った。

「あっちの雲は、大きな鳥。きっと海の向こうから来たんだわ。ということは、向こうに陸地があるってこと!」

それから水平線に目を向け、うっとりとつぶやく。

「海の向こうには、きっと不思議な島がある。歌う木や、虹色の砂浜や、星の形をした果物とか。会ったことのない人たちや、見たことのない動物!」

Dreamは砂浜を歩き始めた。足跡が波に消されても、気にしない。

「Let’s dream together.」(一緒に夢を見よう)

彼女は流木を拾い上げる。

「これで船を作るの。最初は筏でもいい。でも、いつか大きな船になる。I can dream it.」(夢見ることができる)

「だって、夢は育つものだから」

二人で流木を集めた。 大きいもの、小さいもの、まっすぐなもの、曲がったもの。

Dreamは拾うたびに物語を紡ぐ。

「この木は、遠い山から川を下ってきたのね。きっと冒険が好きな木」

「これは、人魚が座る椅子になるわ。特等席よ」

「この曲がった枝は、竜の背骨みたい!」

蔦を結びながらも、彼女の想像は止まらない。

「Dreams need action, but they start in here.」(夢には行動が必要、でも始まりはここ)

自分の胸に手を当てる。

「心の中で描いて、それから手を動かすの」

何度も筏は壊れた。波にさらわれ、筏はバラバラになった。 少年の胸の奥がきゅっと痛む。こんなに頑張ったのに——

けれど、Dreamは砂を払って笑った。

「また作ればいい! Every dream needs many tries.」(どんな夢も何度も挑戦が必要)

「一回目より二回目、二回目より三回目がうまくなる。夢って、そうやって形になるの」

季節が一つ過ぎるころ、小さいけれど頑丈な筏ができあがった。 帆も付けた。Dreamが描いた雲の絵が、白い布に踊っている。

静かな朝、二人は筏を海に浮かべた。

「見て、雲が道を作ってる」

Dreamが空を指さす。確かに、雲が水平線へ続いているように見えた。まるで、空の道標のように。

「My dream is coming true.」(夢が叶いつつある)

彼女は少年の手を取った。その手は、温かく、確かだった。

「一人で見る夢は儚い。風に飛ばされちゃう。でも、誰かと見る夢は、根を張って、枝を伸ばして、いつか大きな木になる」

帆に風を受け、ゆっくりと岸を離れていく。

「Dream with me.」(一緒に夢を見て)

「新しい世界を見に行こう」

水平線に向かって、筏は進んでいく。

振り返ると、陸地が少しずつ小さくなっていく。 あの薄暗い倉庫で、名前を知らなかった少年が最初の一歩を踏み出してから—— 今、夢を共にする仲間と、果てしない海へ漕ぎ出している。

海鳥が祝福のように頭上を舞い、太陽が海に金の道を描く。

新しい冒険が、今始まった。

間章 ―一人の成長

川沿いを下り始めてから、どれほど経っただろう。

季節が移ろい始めていた。朝の空気が少しずつ冷たくなり、木々の葉が色づき始める。日が昇り、日が沈む。その繰り返しの中で、少年は一人で生きることを学んでいった。

朝、鳥の声で目を覚ます。 川辺へ下りる道は、昨日より足が覚えていて、濡れた石の位置も、掴みやすい木の根も、体が自然に避けたり使ったりするようになっていた。顔を洗い、Canが教えてくれた紫の実を探す。

枝を削って釣竿を作る。Restがやったように、急がず、でも確実に。魚がかかれば、すぐに引き上げる。「Just do it」——Doの声が聞こえる気がした。

火を起こすときは、Journeyの手つきを思い出す。風向きを読み、枝の組み方を工夫する。一発で火がつくようになった。

夜は星を見上げる。 雲の向こうにも太陽があるように、見えないところにも希望はある——Hopeの言葉が胸に響く。

ある朝、大雨に見舞われた。 川は見る間に増水し、濁流となって轟音を立てる。

枝と葉で簡単な屋根を作り、じっと待つ。 湖畔の静けさを心に置いて、ただ雨の音を聞いていた。Selfが言っていた——ここにいるだけで充分、と。

三日後、雨は上がった。 空に虹が架かり、鳥たちが一斉に鳴き始める。 新しい世界が、雨に洗われて輝いていた。

肩の革袋が歩みと一緒に揺れる。 その重みは、前へ押す手のひらだ。

一歩踏み出すたびに、何かを得ている気がした。 道も、経験も、すべて足の下に積み重なっていく。Getが言っていた通りに。

時には立ち止まり、できることを確認する。 食べられる実を見分け、火を起こし、魚を釣る。「You can」——Canの優しい声が聞こえる。

ある日、大きな獣と出会った。 熊だろうか。お互いに見つめ合い、緊張が走る。 でも、少年は逃げなかった。ゆっくりと後ずさりし、目を逸らさず、やがて獣の方が森へ消えていった。

いつの間にか、恐怖を乗り越える術を身につけていた。

川幅は少しずつ広がっていく。 流れはゆるやかになり、両岸は遠くなる。

そんな日々を重ねるうち、森が途切れた。

風に混じって、初めて嗅ぐ匂いがした。 塩の匂い。潮の香り。

最後の丘を越えると——

そこに、海があった。

見渡す限りの水。地平線まで続く青。 波が寄せては返し、白い泡を残していく。永遠に続く、海の呼吸。

少年は立ち尽くした。 ここが、地図の端。 すべての川が行き着く場所。

でも同時に、ここで道は終わるのか、という不安も湧いてきた。

これまでの旅が、走馬灯のように頭を巡る。 倉庫での出会い、森への道、山越え、湖畔の静寂、川の流れ。

すべてがこの海へと続いていた。 そして今、少年はここに立っている。

一人で、でも一人じゃない。

第8章 Rest ―休むことの大切さ

川辺は、絵に描いたような穏やかさだった。

湖から続く川沿いを下って二日目、広い川原に出た。 少年は無意識に足を止めた。これまでずっと歩き続けてきた足が、ここで休みたいと訴えているようだった。

陽光がきらきらと水面で踊り、川風が頬を撫でる。対岸には柳の木が枝を垂らし、その陰が涼しそうに揺れていた。

川原の大きな石の上に、人形が横たわっていた。 まるで昼寝をしているような、安らかな姿勢で。陽に焼けた顔は、満足そうな表情を浮かべている。

「……あたしの名前を呼んで」

のんびりとした声が響く。急ぐ気配は微塵もない。

「Rest」

大きく伸びをしながら、女性が起き上がった。 日に焼けた健康的な肌、くせ毛を後ろでまとめている。立ち上がると思いきや、また石の上に座り直した。

「ああ、よく寝た。百年ぶりかな」

冗談とも本気ともつかない口調で、彼女は少年を見上げた。

「君、疲れてるね。顔に出てる。肩も凝ってるでしょ」

図星だった。有無を言わせず、川へ連れて行かれた。

「さ、顔を洗って。それから、足も」

冷たい水が、疲れを洗い流してくれる。足を水に浸けると、歩き続けた熱が抜けていく。

気づけばRestは焚き火を起こしていた。手慣れた様子で枝を組み、火を安定させる。でも、急いでいる風ではない。むしろ、火を起こすこと自体を楽しんでいるようだった。

「今日は何もしない日」

彼女は宣言するように言った。

「えっ?」と少年が聞き返すと、Restはにっこり笑った。

「何もしないことも、大事なんだから。走り続けた馬は倒れる。でも、休んだ馬は、もっと遠くまで行ける」

その晩、焚き火を囲んで、Restは川の話をしてくれた。

「川はね、急ぐところと、ゆっくり流れるところがある。全部が急流だったら、海にたどり着く前に枯れちゃう」

翌日、Restは釣竿を作ってくれた。 竹を削り、糸を結び、針を付ける。その手つきは慣れていたが、決して急がない。

二人並んで釣り糸を垂れる。

最初の一時間、何も釣れなかった。 少年が焦り始めると、Restは笑った。

「焦ることないよ。魚だって、お昼寝の時間かもしれない」

「待つのも、楽しみのうち。雲を見て、風を感じて、ただそこにいる。それだけでいいんだ」

やがて竿が引いた。少年が慌てて引き上げると、銀色の魚が跳ねた。思ったより大きい。

「See? Good things come to those who rest.」(休む者には良いことが来る)

焼いた魚は、今まで食べたどんなものより美味しかった。 ゆっくり食べて、ゆっくり味わって。急ぐ必要がないという贅沢。

三日目の朝、少年が出発の準備を始めると、Restは止めなかった。

「もう行くんだね」

寂しそうでもなく、ただ事実を確認するように。

別れ際、Restは伸びをしながら言った。

「休むことは、止まることじゃない。次に進むための準備。充電、って言うのかな」

彼女は川原の石に寝転がった。

「また疲れたら、おいで。ここにいるから。急がないから」

川のせせらぎを背に、少年は歩き始めた。 体が軽い。心も軽い。 三日間の休息が、新しい力になっていた。

振り返ると、Restはもう目を閉じていた。 陽だまりの中で、幸せそうに眠っている。

休むことの大切さを、身体で理解しながら、少年は先へ進んだ。

第7章 Self ―自分を見つめる

湖は静かだった。

山を下りて三日目、森を抜けると、目の前に大きな湖が広がっていた。 風もなく、水面は完璧な鏡となって空を映している。雲がゆっくりと水の中を流れ、もう一つの空がそこにあった。

少年はその畔に座り、水に映る自分の顔を見た。

旅を始めてから、初めてじっくりと自分を見た。 痩せた頬、日に焼けた肌、伸びた髪。でも一番変わったのは、瞳に宿る光だった。死んだような目をしていた昔の自分は、もういない。

でも、自分が何者なのかは分からない。

Have、Get、Can、Hope、Do、Journey——みんなに出会い、多くを学んだ。 でも、自分自身については何も知らない。名前もない、過去も曖昧、未来も見えない。

水面が小さく揺れ、映る顔が歪む。それが今の自分を表しているようだった。

水際の石の上に、小さな人形が置かれていた。 手鏡を抱え、じっと前を見つめている。人形自身が、鏡の中の自分を見ているような姿勢。

「……私の名前を呼んで」

静かな声が水面を渡ってきた。湖の静寂と同じような、深い静けさを持った声。

「Self」

やわらかな光に包まれ、少女が現れた。 長い黒髪、落ち着いた佇まい。手にした鏡を、そっと膝の上に置く。彼女の瞳もまた、湖のように深く静かだった。

「迷っているのね」

問いかけというより、確認するような口調。

少年は頷いた。言葉にできない何かが、胸の奥でもやもやしている。

Selfは何も言わず、隣に座った。 二人で湖を見つめる。長い沈黙が流れたが、不思議と心地よかった。急かされない時間。

やがて少年が小石を拾い、水面に投げた。 波紋が広がり、映っていた景色が揺れる。空も雲も、自分の顔も、すべてが崩れて、また元に戻る。

「波紋は消えるけど」

Selfが静かに言った。

「石を投げたことは、消えない。水は覚えている」

彼女も石を手に取ったが、投げずにじっと見つめた。

「あなたという人は、これまでの出会いでできている」

石を水面にそっと置く。沈んでいく石を、二人で見守った。

「呼んだ声、応えてくれた人たち。Have の『持つ』、Get の『たどり着く』、Can の『できる』、Hope の『希望』、Do の『行動』、Journey の『歩き続ける』」

彼女は指折り数えた。

「全部があなたの中に積み重なって、今のあなたを作っている。名前がなくても、あなたはあなた」

風が吹き、湖面が揺れる。 でも、やがてまた静かになる。

少年は自分の手を見つめた。最初は何も持てなかった手。今は道具を持ち、石を投げ、岩を登ることができる手。

「答えを急がなくていい」

Selfは立ち上がった。

「ただ、ここにいるだけで充分。存在することが、すでに意味」

消える前に、彼女は振り返って微笑んだ。 その笑顔も、湖のように静かで、深かった。

「いつか分かる。あなたが誰なのか。でも、それは誰かに教えられるものじゃない。自分で見つけるもの」

一人になっても、少年はしばらく湖畔に座っていた。

水面に映る自分を見つめる。 揺れても、歪んでも、そこに自分がいる。

Selfの言葉を、ゆっくりと心に沈めながら、少年は思った。 自分は、自分でいい。 今は、それでいい。

第6章 Journey ―旅という生き方

山道は、思っていたより険しかった。

Doの教えで最初の岩場は越えたが、山はまだまだ続く。石が崩れ、足を滑らせそうになる。息が上がり、膝が震え始めた。昨日の勢いはもう残っていない。

これまでの道とは違う。ただ歩くだけでは越えられない。技術と経験が必要だ。

岩陰に腰を下ろし、水筒の水を少しだけ口に含む。残りはあとわずか。計画的に使わなければ。

そこに、旅装束の人形が座っていた。杖を持ち、遠くを見つめるような姿勢で。風雨にさらされ、色は褪せていたが、どこか満足そうな表情をしていた。

「……俺の名前を呼んで」

低く、落ち着いた声。急ぐ様子はない。

「Journey」

光が収まると、青年が立っていた。 日に焼けた肌、旅慣れた足取り。重そうな荷物を背負っているが、その重さを感じさせない。少年を一瞥して、小さく頷く。

「山か。いいね」

感慨深げに周りを見回し、深呼吸する。

彼は歩き始め、少年も後に続く。

「歩幅を半分に。息は長く、浅く」

Journeyの歩き方を真似る。小さな歩幅、規則的な呼吸。確かに、楽になった。

「山は急がない。山のペースに合わせるんだ」

道中、Journeyは杖の使い方を教えてくれた。三点支持、体重の分散、バランスの取り方。すべてに理由があった。

夜、焚き火を囲む。 Journeyは慣れた手つきで枝を組み、一発で火を起こした。何百回もやってきたことが分かる。

「なぜ旅をしているか、か」

少年が尋ねてもいないのに、彼は話し始めた。火を見つめながら、ゆっくりと。

「理由なんて、歩きながら見つけるものさ。最初は逃げるためだった。次は食うため。今は……今は歩くことが理由かな」

火の粉が舞い上がる。

「自由っていうのは、選べることだ。今日は山を越えたかった。明日は、明日決める。それでいい」

二日目の夜、星空の下で、Journeyは故郷の話をしてくれた。

「昔、家があった。家族もいた。でも、それに縛られていた。旅に出て初めて、世界の広さを知った」

三日目の朝、稜線にたどり着いた。 世界が足下に広がっている。谷、森、川、そして遠くに光る海。風が髪を揺らし、雲が目の高さを流れていく。

「ここからは君の旅だ」

Journeyは少年の肩を叩いた。掌は厚く、温かかった。

「好きに歩け。迷ったら、また歩け。止まるな。動き続けていれば、いつか着く」

別れ際、彼は自分の杖を少年に差し出した。

「これ、使え。俺はまた作る」

そして風のように、西の道へ去っていった。振り返ることもなく、次の山を目指して。

少年は杖を握りしめ、東へ下り始めた。 Journeyの歩き方を真似しながら、一歩一歩、確実に。

旅は目的地のためじゃない。

第5章 Do ―とにかくやる

山の麓で、少年は立ち止まった。

目の前には険しい岩場が続いている。垂直に近い壁、ゴツゴツした岩肌、落ちれば大怪我は免れない。 右に行けば迂回できそうだが、どれだけ遠回りになるか分からない。左は崖になっている。まっすぐ登るしかないのか。

考えれば考えるほど、恐怖が増していく。 失敗したらどうしよう。落ちたらどうしよう。他の道を探すべきか。でも、日が暮れてしまう。

立ちすくんでいると、岩陰に小さな人形を見つけた。 今にも駆け出しそうな姿勢で、片足を前に出している。待ちきれない、という感じの格好だった。

「……ぼくの名前を呼んで」

元気な声が弾ける。じっとしていられない、という響き。

「Do」

光と共に、活発そうな男の子が飛び出してきた。 赤い髪を短く刈り、そわそわと体を動かしている。立ち止まることを知らない子供のようだ。

「やっと呼んでくれた! ぼくはDo!」

彼は岩場を見上げ、考える間もなく登り始めた。

「Just do it.」(とにかくやって)

振り返りもせずに言う。

「考えすぎちゃダメ。Do it now!」(今すぐやる!)

少年が躊躇していると、Doは途中まで登って降りてきた。

「怖い? 大丈夫、Look, I’ll do it first.」(見て、先にやるから)

もう一度登って見せる。手をかける場所、足を置く位置。失敗を恐れない動き。一度滑っても、すぐに別の場所を探す。

「失敗してもいいんだ。It’s okay to fail.」(失敗してもいい)「Just do it again.」(もう一度やればいい)

促されて、少年も恐る恐る岩に手をかけた。 思ったより、しっかりとした手がかりがある。でも、途中で下を見て、足がすくんだ。

「Don’t look down!」(下を見ない!)「Just do the next step!」(次の一歩だけ考えて!)

Doの声に従って、一歩、また一歩。 気づけば、岩場の半分まで登っていた。

でも、そこで手が滑った。 ずるりと落ちかけ、必死で岩にしがみつく。心臓が飛び出しそうだ。

「That’s okay! Try again!」(大丈夫!もう一回!)

Doは慌てない。まるで、失敗も楽しみの一部のように。

深呼吸して、もう一度挑戦する。 今度は、さっき滑った場所を避けて、別のルートを選ぶ。

「That’s it! Keep doing!」(そう!続けて!)

「Do more, think less.」(考えるより動く)

Doの声が背中を押す。

ついに頂上に着いた。 視界が一気に開けた。谷、森、川、そして遠くに光る何か——海かもしれない。

「See? You did it!」(ほら、できた!)

Doは嬉しそうに飛び跳ねた。

「二回目で成功! 最高だ!」

「何でもそう。Do first, worry later.」(まずやる、心配は後)「動けば、道は開ける。動かなければ、何も変わらない」

消える直前、彼は親指を立てた。

「Remember! Just do it.」(忘れないで!とにかくやって)

少年は頂上に立ち、風を感じた。 確かに、やってみなければ分からなかった。 失敗も含めて、すべてが経験になった。この景色も、この達成感も、動いたから手に入れた。

山を下りながら、Doの言葉を繰り返す。 「Just do it.」 その単純な言葉が、複雑に考えすぎていた心を解放してくれた。

第4章 Hope ―希望を失わない

川のせせらぎが聞こえた。

森を抜けると、開けた川原が広がっていた。 少年は水音に引かれて歩き、冷たい水で顔を洗った。汚れと疲れが流れ落ち、久しぶりに人間らしい感覚が戻ってくる。喉を潤すと、体中の細胞が水を求めていたことに気づく。

でも、立ち上がることができなかった。

これまで歩き続けてきた。道具を手に入れ、道を見つけ、食べ物も得た。必要なものは揃っている。 それでも、この先に何があるのか分からない。どこまで歩けばいいのか。何のために歩いているのか。ゴールの見えない旅に、意味はあるのだろうか。

膝を抱えて座り込む。川の流れを見つめていると、自分もまた流されているだけの存在に思えてきた。

足元の石の間に、小さな人形が挟まっていることに気づいた。 両手を胸に当て、祈るような姿勢をしている。水に濡れ、苔が生えていたが、その表情は穏やかだった。

「……ぼくの名前を呼んで」

澄んだ声が響く。諦めを知らない、若い声。

「Hope」

やわらかな光が広がり、少年と同じくらいの男の子が現れた。 明るい茶色の髪、穏やかだが芯の強そうな目。川の流れをしばらく見つめてから、少年の隣に腰を下ろした。

「疲れたんだね」

責めるでもなく、ただ事実を確認するように。

少年は頷いた。

「I hope you’re okay.」(大丈夫だといいな)

Hopeは小石を拾い、川に投げた。波紋が広がり、やがて消えていく。でも、川の流れは変わらない。

「石は沈んでも、波紋は広がる」

詩的な言葉だった。Hopeはまた石を投げる。今度は少し遠くまで飛んだ。

「明日は、今日とは違う。Always hope for tomorrow.」(いつも明日に希望を)

「希望って、見えないけどある。雲の向こうの太陽みたいに。雨の日も、太陽は消えてない」

少年も石を拾った。力なく投げると、すぐ近くに落ちた。小さな水音と、小さな波紋。

「Never—」Hopeは首を横に振った。「—lose hope.」(希望を失わないで)

その『決して失わない』という強さが、少年の胸に響いた。

「遠くまで飛ばなくてもいい。投げることが大事。試すことが、希望なんだ」

二人でしばらく石を投げ続けた。 最初は近くに落ちていた少年の石も、だんだん遠くへ飛ぶようになった。コツを掴み始めた。いや、希望を掴み始めた。

「See? There’s always hope.」(ほら、いつだって希望はある)

Hopeは立ち上がり、川の向こうを指さした。遠くに山の稜線が見える。

「あの山の向こうに、きっと何かがある。Hope leads the way.」(希望が道を示す)

消える前に、彼は振り返った。

「君は一人じゃない。呼んだ声に応えてくれる仲間がいる。それが一番の希望」

その言葉は、水音に混じっていつまでも胸に残った。

少年は深呼吸をして立ち上がった。 足はまだ重いが、心は軽くなっていた。山は高いが、越えられないわけじゃない。

希望を持って、一歩を踏み出す。

第3章 Can ―できることを知る

森の中は薄暗く、湿った匂いが立ち込めていた。

三日目の朝、持っていた食料は底をついた。 最後の乾パンを口に入れ、水筒の水で流し込む。これで、もう何もない。

木の実らしきものは見つかるが、どれが食べられるのか分からない。赤く艶やかな実を手に取り、口に入れかけて止める。以前、似たような実で腹を壊し、一晩中苦しんだ記憶がよみがえる。

空腹が胃を締め上げ、視界の端が白くちらつく。木の幹に手をつくと、樹皮の溝に生えた苔が妙に美味しそうに見えた。空腹の極限で、判断力が鈍り始めている。

このままでは歩けなくなる。いや、もっと悪いことが起きるかもしれない。

倒木に腰を下ろし、頭を抱えた。食べ物を見分ける知識がない。この森で、自分には生きる術がない。

ふと顔を上げると、目の前の切り株に小さな人形が置かれていることに気づいた。 両手を前に差し出し、何かを勧めるような仕草。人形の手の中には、小さな籠が抱えられていた。

「……わたしの名前を呼んで」

優しい声が響く。まるで、お腹を空かせた子供を心配する母親のような。

「Can」

光がふわりと広がり、少年より少し年上の少女が現れた。 栗色の髪を後ろで結び、エプロンのようなものを身に着けている。手にした籠には、色とりどりの実が入っていた。

「あら、お腹すいてるのね」

彼女の声は温かく、責めるような響きは一切なかった。

周りを見回し、近くの茂みへ歩いていく。慣れた手つきで葉をかき分け、実を見つける。

「You can eat this.」(これは食べられる)

紫色の小さな実を摘んで見せる。表面がざらざらしていて、一見美味しそうには見えない。

「でも、これはだめ」

先ほど少年が手に取った赤い実を指さす。

「きれいな実ほど危ないの。地味な実ほど安全。覚えておいて」

Canは実際にやって見せた。まず匂いを嗅ぎ、それから舌先でちょんと触れる。すぐには飲み込まず、しばらく味を確かめる。

「毒があれば、舌がピリピリする。大丈夫なら、少しずつ食べてみる」

少年も紫の実を手に取り、真似をする。酸味があるが、確かに食べられる味だった。

「I can tell you more.」(もっと教えられる)「ゆっくりでいいのよ」

彼女は森を歩きながら、食べられる草、木の芽、根っこを次々と教えてくれた。葉の形、匂い、生えている場所。覚えることは多かったが、Canは辛抱強く、何度でも説明してくれた。

「You can find food anywhere.」(どこでも食べ物は見つけられる)「知識があれば、ね」

籠いっぱいの食料を前に、少年は夢中で口に運んだ。 甘い実、苦い葉、歯ごたえのある根。どれも命をつなぐ糧だった。

「You can make it.」(君ならできる)

Canは優しく微笑む。

「できないことなんてないの。知らないだけ。学べば、できるようになる。You can learn, you can grow.」(学べる、成長できる)

光に包まれて消える前、彼女は少年の肩にそっと触れた。

「忘れないで。You can.」(できるよ)「いつでも、どこでも」

その言葉が、ずっと胸に残った。

森を歩きながら、少年は教わったことを実践する。 紫の実を見つけて確かめる。葉の匂いを嗅ぐ。少しずつ、でも確実に。

できる。自分にもできる。

第2章 Get ―道を手に入れる

道は二つに分かれていた。

倉庫を出て半日ほど歩いたところで、少年は立ち止まった。足元の草は両方の道に同じように踏まれ、どちらも使われている証拠だった。

黄ばんだ地図を広げる。線は擦れて薄く、東も西も判然としない。森への道筋らしき印はあるが、目の前の分かれ道のどちらが正しいのか。Haveがくれた地図も、完璧ではなかった。

風が吹き、草が波のように揺れる。右の道は少し上り坂で、木々の影が濃い。左の道は平坦だが、遠くで曲がっていて先が見えない。

迷っているうちに日が傾き始めた。このまま立ち尽くしていても、何も変わらない。でも、間違った道を選べば、森にたどり着けないかもしれない。

道標の根元に、小さな人形が横たわっていた。 片手を前に伸ばし、何かを指し示すような格好で固まっている。苔むした石の間に埋もれるように置かれ、長い時間ここにいたことが分かる。

「……ぼくの名前を呼んで」

声が胸に響く。少年は静かに答えた。

「Get」

光が走り、少年と同じくらいの男の子が立ち上がった。 短い黒髪、きりっとした目。すぐに地図を覗き込み、それから太陽を見上げた。

「どこへ行きたいの?」

無駄のない、まっすぐな声だった。

少年は地図の森を指さした。

Getは頷き、影の向きを確かめ、風の流れを読んだ。それから迷いなく東の道を指さす。

「Let’s get there.」(そこへ行こう)

「この道。間違いない」

彼は一歩踏み出し、振り返った。

「Get to the forest, then get some food.」(森に着いて、それから食べ物を手に入れる)

Getの言葉は短いが、不思議な確信に満ちていた。

「歩くことは、手に入れること。道も、場所も、経験も、全部。一歩ごとに、何かを得ている」

少年が頷くと、Getは小さく微笑んだ。

「道に迷ったら、また選べばいい。Get another way.」(別の道を手に入れる)「でも今は、この道。You’ll get there.」(きっと着くよ)

光と共に消える直前、もう一度東を指さした。その指の先に、確かに森の気配を感じた。

少年は革袋を背負い直し、東の道へ足を向けた。 一歩、また一歩。 歩くたびに、森が近づいてくる。夕暮れ時、木々の匂いが風に混じり始めた。Getが示した道は、正しかった。

森の入り口に立ったとき、少年は振り返った。 分かれ道はもう見えないが、ここまでの道のりが、確かに自分のものになっている。

Get——手に入れること。 それは物だけでなく、道も、場所も、すべて。

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