
◆突然視力を失い始めたSee。物理的な「見る」を失うことで、より深い「観る」を獲得していく哲学的な成長譚。
第一章 視界の檻
霧が世界を飲み込んだ朝、Seeは自分の瞳に映る景色に違和感を覚えた。
いつもなら微細な光の粒子まで認識できる彼女の視覚が、まるで薄絹を通して世界を見ているかのように曖昧だった。港に立ち並ぶ船のマストも、石畳の継ぎ目も、全てが境界を失い、溶け合っていく。
「I can’t see clearly(はっきり見えない)」
呟きは霧に吸い込まれた。初めて感じる恐怖。見ることでしか世界と繋がれなかった彼女にとって、視力の低下は存在の危機に等しかった。
船医のCanが心配そうに診察したが、物理的な異常は見当たらない。
「きっと疲れよ」Canは優しく言った。「最近、見張り番ばかりしていたでしょう?」
しかしSeeは知っていた。これは疲労ではない。もっと深い、根源的な何かが起きている。
その夜、彼女は一人で甲板に立った。星も見えない。いや、正確には見えているのだが、その意味が読み取れない。今まで星の配置から天候を予測し、海流を読んでいた能力が、霧のように散逸していく。
自問自答は、虚空に消えた。
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第二章 見えないものの輪郭
三日目の朝、事態は更に深刻化した。
Seeの視界は更に曖昧になり、人の顔さえ判別が困難になっていた。しかし奇妙なことに、別の何かが「見え始めて」いた。
Blankが近づいてきた時、彼の姿はぼやけていたが、その周囲に淡い光のようなものが揺らめいていた。不安と心配が入り混じった、感情の色。
「See、大丈夫?」
声は聞こえるが、表情は読めない。代わりに、声の振動が作り出す空気の波紋が、まるで水面の波のように見えた。
「I’m starting to see differently(違う見方をし始めている)」
彼女は手を伸ばし、Blankの頬に触れた。指先から伝わる温度、脈動、微細な筋肉の動き。触覚が視覚を補完し、新しい「像」を結んでいく。
午後、Wantが駆け寄ってきた。
Wantの姿もぼやけていたが、彼女の周囲には鮮やかな赤橙色の光が脈動していた。焦りと恐れが視覚化されている。
「I can see your fear(あなたの恐れが見える)」Seeは静かに言った。「でも大丈夫。Needの怪我は軽い。I see it(分かる)」
どうして分かるのか、See自身にも説明できなかった。ただ、「見える」のだ。物理的な形ではなく、事象の本質が。
第三章 暗闇の中の光明
一週間が過ぎた。Seeの物理的視力は、ほぼ失われていた。
しかし、彼女は絶望していなかった。むしろ、新しい世界が開けていく感覚に圧倒されていた。人々の感情、意図、そして未来の可能性までもが、独特の「形」を持って認識できるようになっていた。
ある夜、彼女は夢を見た。
完全な暗闇の中、無数の光の糸が空間を満たしていた。それは人と人、過去と未来、原因と結果を結ぶ見えない繋がり。今まで物理的な目で見ていたものは、この巨大な網の目のごく一部に過ぎなかった。
夢の中で、彼女は涙を流した。それは悲しみではなく、理解の涙だった。
翌朝、Hopeが深刻な表情で相談に来た。
「実は、船団の中に裏切り者がいるかもしれない。物資が少しずつ消えているんだ」
Seeは目を閉じたまま答えた。
彼女の「視界」に、船員たちの感情の網が広がった。その中で、一つだけ異質な震え方をしている光があった。罪悪感と恐れに彩られた、歪んだ輝き。
「でも」Seeは続けた。「その人は悪意からではない。家族を人質に取られている。I see the whole picture(全体像が見える)」
第四章 透明な瞳
調査の結果、Seeの「視た」通りだった。新入りの船員が、海賊に家族を人質に取られ、やむを得ず情報を流していたのだ。
Hopeたちは救出作戦を立て、無事に家族を助け出した。船員は涙を流して謝罪し、Seeの前に跪いた。
「どうして分かったんですか?」
「I didn’t see you(あなたを見たわけじゃない)」Seeは優しく言った。「I saw through you(あなたを通して見た)。苦しみも、愛も、全て」
その夜、甲板でGetが尋ねた。
「視力は戻らないの?」
「分からない」Seeは星のない空を見上げた。「でも、I don’t need to see everything with my eyes(全てを目で見る必要はない)」
彼女の瞳は、もはや焦点を結ばない。しかし、その透明な視線は、かつてないほど多くのものを捉えていた。
第五章 見ることの彼岸
一ヶ月後、奇跡的にSeeの視力は徐々に回復し始めた。
しかし、彼女はもう以前と同じようには世界を見なかった。物理的な形と、その奥にある本質を同時に認識する、二重の視覚を手に入れていた。
ある朝、彼女はBlankに問いかけた。朝日が海を金色に染めている。
「朝日?綺麗だね」
「No, beyond that(いいえ、その向こう)」Seeは微笑んだ。「I see infinite connections(無限の繋がりが見える)。光と影、波と風、そして私たち全員を結ぶ見えない糸」
Blankには見えなかったが、なんとなく理解できた気がした。
「I think I see what you mean(君の言いたいことが分かる気がする)」
「You will(いつか分かる)」Seeは確信を持って言った。「Everyone can see beyond seeing(誰もが、見ることを超えて見ることができる)」
終章 透視する者
Seeは今も船の見張りを務めている。
しかし、彼女が見ているのは、もはや水平線だけではない。仲間たちの心の機微、運命の流れ、そして世界を結ぶ見えない真実。
日誌の最後のページに、彼女はこう記した。
『真の観察者とは、見えるものを見る者ではない。見えないものの存在を認識し、その輪郭を心で描ける者。私は盲目になることで、初めて本当に見ることを学んだ。
I see, therefore I am not(見える、ゆえに我なし) I am, therefore I see all(我あり、ゆえに全てを見る)』
静かな夜、Seeは瞑想するように目を閉じた。
瞼の裏に、宇宙が広がっている。
視力を失い、また取り戻したSeeが得たものは、二重の視覚だった。物理的な形と、その奥にある本質を同時に見る力。真の観察者とは、見えるものに囚われず、見えないものの存在を感じ取れる者。時に目を閉じることで、より多くのものが見えてくることもある。「I see」という言葉が持つ深さを、この旅が教えてくれた。